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日本文学の伝統

更新日:2021年6月28日




日本文学の伝統





 今日は、私の学生の皆さんに話しかけています。


 短歌とは、歌の世界です。


 昔は和歌とも言いましたが、もっとも伝統のある日本の文学の形式です。


  熟田津(にきたつ)に船乗りせむと月待てば

  潮(しほ)もかなひぬ今は漕ぎ出(い)でな   額田王


 これは中学の教科書によく載っている『万葉集』の歌ですね。


 例えば、万葉集、古今和歌集、新古今和歌集、伊勢物語、源氏物語、平家物語、あるいは能狂言などは、和歌が存在しなかったら成立しません。もちろん俳句も、松尾芭蕉なども存在しなくなります。


  めぐり逢ひて見しやそれともわかぬまに

  雲がくれにし夜半の月影         紫式部


 これは『源氏物語』の作者が作った歌です。昔は歌と物語が切り離されていませんでした。物語類は、歌こそが物語のエンジンとなっています。


 日本文学の歴史において、歌の素養は常識とされ、その土台の上に文学作品が作り出されていきます。


 いくらでも例があがりますが、歌というものは日本文学の伝統の中枢を担っており、それを否定すると日本文学が消えてしまいます。


 現代でも、「あわてるなゆとりのなさが事故のもと」など、日常のたいていの標語が5音と7音で成り立っています。それは言葉が力を持つリズムなのです。私たちの言葉の根底には歌の磁界が存在しています。そこには長い長い歴史があります。

 それを知っておいた方がいいのです。


  のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて

  足乳根(たらちね)の母は死にたまふなり         斎藤茂吉


 もちろん短歌を否定すると、青山を本拠地にして活躍した斎藤茂吉も消えてしまいます。


 しかし、本心では短歌を否定したいと思っている人が、私の周辺には少なくないようです。


 なぜ短歌を否定したいのかというと、自分で作ることができないので、その劣等感から、短歌なんか消えてなくなれと思っているようです。


 自分の手が届かないものは意味がないと思ったり、消えてなくなれと叫ぶ発想は、理解できます。


 しかし、学生が短歌コンクールで優勝したのに、それを喜ぶよりも嫉妬するとしたら異常でしょう。


 光あるところには闇があります。人間の心には、理性では統治できない泥沼があるものです。


 ところで、意外なことに、短歌というものは、誰でも参加のしやすい世界なのです。


 ふつうの小学生でも、90歳の老人でも短歌作品を作ることができるようになります。


 紙と鉛筆があれば始められます。特別な施設や環境を必要としません。


 日本の文化の中枢にある短歌を否定することは、自分を否定することにつながります。


 逆に、短歌を紡ぐことは知らず知らずのうちに、伝統の流れに接続していく結果につながります。


 学生の皆さんは、教室で誰かの「短歌は自分にとって不都合だ」論をうのみにしないで、広い視野で日本文学を眺めてみましょう。


 大切なことはいつも、自分で考えるということなのです。


 


 今日の写真は、斎藤茂吉の古い写真をお借りしました。


 青山の脳病院の跡は、青山学院大学から近いところにあります。







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