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子供たちのために  2021.10.4





子供たちのために



 新型ウイルスのワクチンについて疑問点をメモしておこう。

「現代ビジネス」の記事「ファイザーとモデルナのワクチン、予防効果の持続性で優劣判明…その差を生んだ「衝撃の原因」」(9/30(木) 6:02配信)は、冷静な立場から書かれたものと考えられるが、ファイザーなどのワクチンが十分なデータのない状態で、根拠のないまま成分や摂取量などをでたらめに決めていたことを指摘している。モデルナとファイザーでは成分量にかなり差がある。ワクチンをどれだけどの量でどの間隔で打つのかという点について、データが存在していなかったからである。打ってからだんだんデータが集まり始めているという状況であるが、そのデータを生かしてワクチンに改良を重ねているかと言えばそうではなく、初期設定のまま打ち続けているらしい。みんなやってしまったことを正当化・既成事実化するほうに忙しく、改善改良には意欲がない。記事を引用する。


 前掲のニューヨークタイムズ記事によれば、インフルエンザをはじめ従来の感染症に向けて開発されたワクチンでは、予めメーカー側が十分な時間をかけて科学的にテストするなどして最適な接種量を決めてきた。

 ところが、今回の新型コロナでは突如急速に感染が拡大したので、ファイザーやモデルナなどメーカー側では十分な時間をかけて最適な分量を検討する余裕がなかったという。

 つまり、(前述した)ファイザー製の30マイクログラムにせよ、モデルナ製の100マイクログラムにせよ、それらは必ずしも科学的な分析や熟考に基づいて割り出された数値ではなく、むしろメーカー側が大慌てとも言える状況下で、単なる推測に基づいて決定した接種量のようだ。

 米国では先日、ファイザー製ワクチンの追加接種が認められたとはいえ、今でも、こうしたブースター接種の是非については各国で議論されている。それは違う見方をすれば、これら「mRNAワクチン」の本当に最適な接種量を、今頃になって改めて検討していると見ることもできそうだ。



 以上引用である。すべてをうのみにする必要はないが、安全な摂取量が決まっていないのに接種しているということは、これは事実として受け止めていい。データがなかったのである。大慌ての見切り発車である。まだ乗りかけている乗客がいるのに、そういう人々を振り落として、点検もせずに発車した列車のようなものである。

 見切り発車ワクチンでは明らかに死者が出ている。しかしすべて因果関係は分からないということで済まされてしまっており、接種は個人の責任とされている。

 現在、十分に危険性が説明されているとは思えないし、危険性をメディアや政治家がしっかり把握しているとも思えない。何かあっても因果関係が証明できないということで、終わってしまう。ワクチンを打ったデータが以前には存在せず、現在やっと議論が始まった状態なので、過去のデータから因果関係を証明できるはずがない。因果関係が証明できないということは、因果関係が存在しないということと同じではない。

 例えば、モデルナでは頭髪がはげてしまった女性がインターネットで訴えたりしているが、いずれも無視されている。メディアも採り上げようとしない。しかし、新型ウイルスに感染して頭髪がぬけるという現象は報告されており、すぐに因果関係がわからない(→因果関係がない)と断定するのは詭弁である。まだ基本的なことすら、何もわかっていないというのが正しい結論であろう。わかっていないということは、安全だということではない。逆である。

 政府主導でごまかそうとする大きな力があきらかに働いており、そこにうさん臭さを感じざるを得ない。

 こんなワクチンを自分の子供たちに勧められるだろうか。それはあまりにも賭けに近いのではないだろうか。



画像はWIX素材です。





 
 
 

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