窪田空穂の長歌
- shunjihioki

- 2021年6月24日
- 読了時間: 2分
更新日:2021年6月28日
窪田空穂の長歌
私の歌の先生である馬場あき子や岩田正は、窪田空穂(くぼたうつぼ)の長男である窪田章一郎を師として、窪田家に出入りし、窪田空穂の指導も受けていました。
窪田章一郎は歌人で早稲田大学教授でした。歌誌『まひる野』の主宰でした。この『まひる野』からわかれてできたのが歌誌『かりん』です。私はそこに毎月歌を発表しています。
窪田空穂は、早稲田大学教授でしたが、短歌を詠み、長歌を作り、小説も書いています。「文学をやるなら早稲田へ」という時代であり、実作者を輩出していたころです。
当時は先生が実作をしていても、何のおかしいこともなかったのです。
井伏鱒二や横光利一たちの世代は、小説や詩を発表していた吉田弦二郎教授(げんちゃん)にあこがれて入学したものが多いです。
私は学生の頃、東大の授業で、詩人の大岡信先生の授業を受けました。
大岡先生は短歌を詠むわけではありませんが、窪田空穂に対する尊敬の念は強く、優れた窪田空穂論があります。お父さんの大岡博が、窪田空穂門下の高弟で、歌壇で活躍していたからです。
大学に進学するときも、東大に行くか早稲田に行くか迷ったとお話をされていました。これは証言として記録しておいた方がいいと思います。
さて、窪田空穂の長歌を読んでみましょう。
長歌とは、歌の形式の1つです。5音と7音を3回以上繰り返して、最後を7音で締めます。
お正月の1月3日に子供たちと外食に出かけ、家からさほど遠くない神楽坂のレストランで、洋食のお肉などを食べた喜びを、空穂はこんな具合に描いています。
素朴なるよろこび
正月の三(み)日といふ今日(けふ)、三人子(みたりご)を連れて家いで、神楽坂(かぐらざか)の洋食屋にて、いささかの物を食はしぬ、十八となれる兄の子、大人(おとな)びてフオークを執れば、八つとなれる末(をと)の暴(あば)れ子、取り澄まし顔よごし食ひ、十三となれる中の子、少女(をとめ)さびナイフ扱ふ、さりげなくそを見つつ食ふ、この肉の味のうまさよ、うまきやと問へばうなづく、三人子(みたりご)におのづと笑まれ、マチ摺(す)りてつくる煙草(たばこ)の、ほのかにも口にしかをる、いざ行きてまじりはすべし、今日(けふ)の大路(おほぢ)に。
空穂が「うまいか」と聞くと、3人の子供はみんな頷いて笑うのです。父はそれを見て、よし頑張るぞという気概が新たに湧いてきます。18歳の長男は、窪田章一郎のことですね。馬場あき子先生は「しょうちゃん」と呼んでいますが、「ちゃん」は早稲田の先生の伝統的な愛称でもあります。
なお、空穂の本名は窪田通治でした。
この長歌は、何か小説の生き生きとした一場面を見るような気がします。
写真は、窪田空穂の古い写真をお借りしました。





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