「かりん」9月号の歌 2021.10.30
- shunjihioki

- 2021年10月30日
- 読了時間: 3分
更新日:2021年11月14日
「かりん」9月号の歌
「かりん」という雑誌に歌や文章を載せていますが、校正で誤った形に直されてしまうこがよくあります。9月号にこういう歌を載せました。
いひぎり
みなもへと浮かび沈みて金色のひれふりくれて笑むなり鯉は
咲きそむる河骨のうへあをさぎは降り来たり象のやうに鳴きつつ
花房が葡萄のごとくぶらさがる飯桐指して吹く青嵐
飯桐の蕊ばかりなる花散りてさみどりに道は染まりゆくなり
飯桐の花におほはれやはらかき道に降るなりうぐひすの声
おぢいさんふるへる腕でとほのけてスマホ見てゐる蛇もつごとく
スマホに文字を打つおぢいさんだんだんと傾いてゆく顔も体も
「雨降り花」摘めば降るとふほのじろき昼顔の片頬を見てゐる
最初の歌ですが、「水面へと浮かび沈みて」という意味です。水面と書くと、みんな「すいめん」と読んでしまいますので、ひらがなにしてあります。しかし掲載された歌は「みなもとへ」と改変されていました。「みなも」という言葉を知らず、親切のつもりで誰かなおしてくれたのです。しかし意味がわかりません。こういうことはとてもよくあり、私も初校の校正に参加して、自分の文章や歌をチェックして、ああよかったと思っていると、印刷された雑誌を開いたとたんびっくりします。改変されているからです。再校の時に変えてしまう人がいるのです。「日置は間違えているから馬鹿だなあ」と言いながら、間違った形に変えてしまうのです。
仮名遣いの間違いが多くて、「よう」と書いてあればぜんぶ「やう」に直すとか、「い」はぜんぶ「ひ」に直すとか、そう思い込んでいる人が多いのです。それは誤りです。「老いた人と話をしよう」は旧かなでもそのままでいいのです。
私はよその結社の人に、「かりん」で見ている最近のお前の歌は仮名遣いの間違いが多いぞと指摘されて真っ赤になったことがあります。私の間違いではありません。しかし、それを口にできないのです。
それから、例えば「煙が起つ」と書いたら校正の人が「起つ」(たつ)が読めず、「煙が起きる」と直されてしまいました。全体が変になりました。こういうことはとても多いです。誤植ではないのです。「二元論を超えて」という論文を書いたら、校正の人が「二元論」という言葉がわからず、「二次元論」と直しました。二次元とか三次元という言葉なら知っていたのでしょう。しかし「二次元論」では意味がわかりません。
このときはどなたかに話して何とか訂正できないものかと思ったのですが、まあ素人の集まりで学芸会のようなものだからいいじゃないかと言われてそのままになりました。
ところがその論文が角川から最近出た『馬場あき子全歌集』に収録されました。一応角川からは何度が連絡があったのですが、その連絡先の名前が日置俊二になっていて、何度言っても直してもらえないのです(本当は俊次です)。出来上がった本もその誤表記の名前で届きました。そしてその論文タイトルについても、二次元論ではなくて二元論だからと私が注意してあるのに、本を開いてみると、やっぱり二次元論という意味不明のタイトルのままになっています。角川というところはそういう出版社です。
最初の誤りは、放置していると、あとに尾を引いて厄介なことになるという教訓を得ました。出版社に注意するだけではだめで、自分で絶対に最終校を見ないとだめです(角川だとみてもだめかもしれません)。
大きな出版社でもこうですから、私のところのような小さな出版社で全部自分一人でやっているところは、校正のミスがあっても仕方がないなあと考えるようにもなっています。
画像はWIX素材です。





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